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2008年5月

NotePC代々

某EeePCで有名なtie2さん所で、EeePCが沢山積み重なってる写真を見て・・・他人事じゃ無いやと。(^^;;;

以下、貰い物も含めたny's-NotePC
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2× 1B/note初代(もう動か無い…伝説の)
1× EPSON VN575SDX[液晶が逝った]
2× SONY VAIO-505(無印&4G/X、KB交換)
1× IBM TP535/MF9(PCカードBoot機)
1× dynabook C4110 DC13L/2[2017/2/12永眠]
2× dynabook SS S31(1台は495NKとKB交換)
1× dynabook SS SX/495NK
2× ASUS EeePC(4G-X&900)
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※:VAIO迄は時々未だ動かす事が有る。

これに加えてデスクトップ機が・・・えっと最大7台かな?
※:EPIAだとか実験用の筐体や部材も含むのと、部品の使い回しの関係でPen3世代に集中しているので余り最近の機械は無かったり、OSもBTRON以外はWin2k迄だし。
(良い加減、デスクトップ機は何台か減らそう)

p.s.それ以外に、ポケコンとかTiPOとかTeacubeとか(^^;

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何故か900(白・英語Win)
増えました。(^^;
(2008/06/07)
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技術者の寿命と幸せ

巷で一括りに40才までとか言われるけど、組込み関係の技術者は幾つ位迄なの?。

nya達の世代は、それに関しては結構恵まれていて・・・中学時代にアマチュア無線の免許を取ったりワンボードマイコン(死語?)やMSXの創世記で、電子デバイスはTTL(74)や銀紙に包まれたCMOS(4000番)から未だにメジャーな74HC系に変わった頃で、初歩のラジオが面白くて仕方が無かった。
そして高校時代には、MZやPCが触れれる様になって・・・手間隙さえ費やせば出来る事は現在と余り変わら無くなり、名古屋のアメ横を友人と彷徨いZ80互換LSIや無線機を漁ったりSFを溺れる様に読む日々を過ごした。
大学時代になると、関数電卓の代わりにポケコン・大学の計算センターには未だメインフレームが有り・PCは道具として市民権を確立して・LANは10BASE-5のイエローケーブル、研究室にはWS(LunaやSun)やMac・ハイビジョンはMUSE・そしてTRONを知り初代1B/noteでパソコン通信を通じて日本中に知り合いが出来た。
※:大学院時代は・・・え~っと

で、組込み関係の会社に就職して・・・FPGA/CPLDに対面・TAやPHSだとかインターネット時代の片棒を担いで・基板を作ったりICの中の人だったりTCP/IPやITRONを弄ったり・使えるMCUの性能も昔のPCを凌駕する様になり、高速アナログ回路やら大規模FPGAやら昔の常識からすると冗談みたいな事が出来る様になった一方で、ブラックボックス化と隣接領域への理解が必須となって・基礎的な知識と最先端のトピックス迄のフォローが必要になった。

そーゆー経験や知識を、現在一線で活躍されている技術者の方々は現在進行形で持ってられる訳で・・・かつ大量退職モードに入った団塊の世代が蓄積して来たノウハウとも無縁では無い。
一方で、10下の世代辺りは・・・就職氷河期だとかIT土方だとか理系離れとか「物理的に頭数が少ない」上に、物心着いた頃にはPCはPCだったしハードウェアもソフトウェアもブラックボックスだったから、或る種の技術的な断絶が起きている。
(ロボット関係とか例外ってのは何時の時代にも居るので、それは置いといて)
※:第三国へのアウトソーシングや、そこでも技術者が成長している事も忘れずに

さて、この先が主題(長い前置きだな)…生涯好きな事をして過ごせるか?組込み技術者は絶滅するか?変わって行くとしたら何処へ?

(続きます…多分)

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